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創造論では、全ての生き物は神によって、「土から、今あるままの状態で(種の不変性)」作られた、としています。
もちろん品種改良等の小さな変化はあり得ますが、例えばウニが人と共通の祖先を持つ、なんてことはあり得ない、とする立場だと思います(間違ってたらごめんなさい。)。
一方で、進化論はその逆に、全ての生き物は「ごく少数の原始的生命が、長い年月の内に、(突然変異と自然選択により)、多様な種に」分かれてきた、としています(種は発生し、変化する。)。
もちろん神さまのなされたことを人が推し量ることは傲慢以外の何ものでもないとは思いますが、ちょっと子供の心になって遊んでみてください。
テレビの裏ぶたを外して中をのぞき込みます。で、その横に車を置いて、下から中をのぞき込みます。
テレビの中には液晶パネルと電子基板、その他電子部品がぎっしりと詰まっています。
(嘘はつきたくないですから告白します。ウチのテレビは未だにブラウン管です。)
一方で、車の中には、エンジンや動力伝達機構、遊星歯車、燃料タンク、バッテリー、等の機械部品がぎっしりと詰まっています。
これは実に合理的なことです。自動車の部品でテレビを組み立てるのは、不可能とは言い切れないにしても、実に無駄が多い。その逆はもっとそうです。
つまり、鳥は鳥に、魚は魚に、と、各々別々に土からお造りになったのなら、各々の生き様に最も適した材料と機構を使うと考えるのが「常識的(この言葉は実にあやしいけれど)」ではないでしょうか。
「視覚や嗅覚をつかさどるたんぱく質をつかってウニの体を作る」というのは、いわば歯車を使ってテレビを組み立てる、ようなものではないでしょうか。
一方で、進化論の視点からは、これは実に理解しやすいことなのです。
ウニとヒトが共通の先祖から分かれてきたものなら、ウニとヒトの中身に共通のものがあるのが普通だからです。
「ダーウィンのブラックボックス」の著者、リーハイ大学のビーヒー先生は、その著書の中で、「視覚をつかさどるたんぱく質はいくつものたんぱく質と協働しないと働かない。従って、視覚が生じるためには全ての部品が一度にそろって、完成したシステムとして現れなければならない。」と主張しています。
その主張に反する、という意味で、今回の発見は、進化論者を元気づかせて、ビーヒー先生をしょげさせることになると思います。
...というだけの話なんです...実は。
議論は趣味ではありません。
こんな考え方「も」、あるんだなあ、と、笑って放置しておいてください...(^_^;)
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