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私の好きなエレン・ホワイトの文章にこういうのがあります。
「良心と教師たちに与えられている偉大な働きは、保護している子供達や青年たちの品性を形作って、キリストの像を回復することです。科学の知識は、この偉大な目標に比べれば無意味なものの部類に入ります。しかし、真の教育は、正しい品性の発達を助けます。・・・自分たちの将来だけではなく、与えられている子供達が永遠の命を得るか、あるいは永遠に失われるかを自分たちが決定している事実に気づくならば、大きな挑戦が目の前に置かれていることを悟ります。」「次世代に続く信仰」p55
私が高校の生物教師だったとき、進化論者たちと理科教育の目的について、議論したことがありました。理科教育の目的は科学の正しい知識を与えることだと彼らは言いました。確かにそれは重要なことです。しかし、彼らは、生徒の品性については何も述べませんでした。何も考えていないのです。私は、理科の知識を知ることは、生きる意味や人生の目的を考えることよりも大切なことだとは思いません。
教育基本法も教育の第一の目的は「人格の形成」と言っています。進化論者の理想とする理科教育には、人格の形成、品性の向上といった視点が欠けています。進化論だけを学ぶと、どんな品性ができるのでしょうか。創造論を学ぶ以上により高潔な人格を形成できるというのでしょうか。あるいは、創造論を学ばせると、堕落した人間になると言う証拠があるのでしょうか。創造論を教えることに反対するのであれば、こういう問題にもきちんとした答えを出して欲しいものです。
創造論を学ぶ最大の意味は、ここにあります。たとえ、多くの科学者から支持が得られなかったとしても、それは小さな事です。なぜなら、創造主である神を信じる私たちの目指すところはあくまで天であり、永遠の命だからです。この世の名声など、キリストを知ることに比べれば、ごみと同じで価値のないものです。進化論者は腹を立てるでしょうが、私にとっては、進化論の知識などはまさに、「無意味なもの」そのものです。
進化論者と創造論者は、価値観が全く違います。今日、創造論支持者が増えているのは、社会の問題に悩む人びとが、その原因に進化論が示す価値観(人を人として見ないでモノとしてみる)にあることを知るようになったからではないでしょうか。
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